【対談録】 東大IPC×小島武仁教授×トレードワルツ
News Picksと東京大学協創プラットフォーム開発株式会社(以下,東大IPC)の取材企画にて、1月31日にトレードワルツに関わる3者のインタビュー・対談を行いましたので、その対談録を公開致します。(インタビュー中は敬称略)
関連のお知らせ:トレードワルツ × 東京大学 小島武仁氏 対談実施【NewsPicks企画】 | お知らせ | TradeWaltz
・株主:東大IPC 古川 圭祐マネージャー(写真左)
・アドバイザリーボード:東京大学経済学部 小島 武仁教授(写真中央)
・経営陣:トレードワルツ取締役CEO室長 染谷 悟氏(写真右)
1.東大IPCについて
(記者)先ずは東大IPCを設立した経緯と、東大IPCのファンドについて簡単に教えていただけますか?
(古川)東京大学が、2004年に国立大学法人化されたことが一つの契機です。2004年以前から、起業家教育には力を入れてはいたものの、予算面等で出来ることの限界を感じておりました。国立大学法人化により、官民一体となって、起業家教育の更なる充実、及び大学から創出される研究開発ベンチャーへの投資を目的として、東大IPCを設立しました。2020年4月に設立したAOIファンドは現在、250億円強の規模であり、東京大学がLP出資をするのに加えて、民間企業からも11社出資していただいています。今回のファンドの特徴は新規事業のカーブアウトにも焦点を当てていることで、同分野では国内VCとして最大規模です。
(記者)なるほど。では大学発ベンチャーの強みは何だと思われますか?
(古川)一番は技術力ですね。大学で培った技術は基礎研究も多いですが、それらが産業界と繋がり、社会に還元されれば大きな力となります。海外のトップ大学では産業界との繋がりが強く、共同研究や寄付が盛んに行われるため、社会課題の解決に向け得たインパクトのある事業などが盛んです。
(記者)大学発ベンチャーに関して、海外と日本では具体的にどのような差があるのでしょうか?
(古川)比較対象によって考え方は異なりますが、国からの投資額自体はGDPの比で考えるとほぼ同じ比なので、違いは産業界からの流入です。産業界の資金やノウハウを大学に持ち込むという意味で、大学VC(ベンチャーキャピタル,以下VC)の役割は大きいと思います。最近では慶應義塾大学や早稲田大学にもVCが誕生し、日本において大学VCは勃興期であると言えますが、まずは東京大学が事業化の成功モデルをいかに早く作れるかが鍵であると我々は考えています。
(記者)小島先生の肌感として、在学中に起業したいと考える学生は増えていますでしょうか?
(小島)私も東大OBですが20年前は、在学中の起業もそうですし、就職の選択肢にベンチャーはありませんでした。周りの多くが官僚や研究者、大企業を目指しており、現在でも、ベンチャーへの就職が増えている確固たるデータは無いのが実情です。しかし足元の肌感覚として、学生がベンチャーに興味を持ち始めているという意識の変化は感じており、私も修士課程の学生から、大学院で学んだ知見や研究をベンチャーを含めた企業の仕事で活かしたいという相談を多く受けます。しかし、その知見をうまく拾い、活用できるベンチャーは現段階では少なく、大学側で紹介しづらい状況なので、今後ベンチャーへの就職や学生自身が起業できる環境が整ってくると、その出口部分の紹介が可能になり、就職・起業状況も変わってくると思います。
(記者)東大IPCは学内出身者で構成しているイメージがありますが、今後外部組織等も巻き込む予定なのでしょうか?
(古川)はい。もちろん東大だけが全てではなく他大学、他研究機関、大企業、経営者、エンジニアなど外部の組織や人材を積極的に巻き込んでいきたいと思っています。東大IPCとしては東大出身者かどうかを気にしないオープンな立場をとっており、特に今回のトレードワルツさんとの協業などは好事例で、このような企業を我々は“東大発”ならぬ“東大着ベンチャー”と名付けています。トレードワルツさんのように外部の方に東大IPCという組織に関心を持ち積極的に連携していただくことにより、産学官で日本の大学の価値を高め、世界と戦っていきたいと思っています。私たちは収益だけでなく、日本の大学自体の在り方を変えたいと考えています。
(記者)一方でVCとして、お金儲けというエゴを抑えながら経営するのは非常に難しいのではないでしょうか?
(古川)はい。我々は研究型ベンチャーへの投資が多く、収益が上がるまで時間がかかるため、正直に言うと難しい側面はあります。しかし、その難しさを乗り越え、東大から他大学にも影響を与えていくことこそが我々の使命だと思っています。確かに本来はファンドなので儲ける必要がありますが、それよりも社会に利益を実装し、変革を起こすことが東大IPCの役割だと考えています。
(記者)東大IPCとして、各事業の収益化までのスパンはどの程度を想定していますでしょうか?
(古川)スパンに関しては特に定めていません。もちろん短期間で利益を上げることがベストですが、十分な期間が必要な研究開発型ベンチャーに対して、年月を強制的に定めることによって、本来実現したい社会変革ができなくなるのは本末転倒です。そのため、我々に何ができ、何ができないのかを見極め、適切な支援のあり方を都度模索することが重要であると考えています。
2.東大IPC×トレードワルツ
(記者)トレードワルツの事業概要について簡単に説明をお願いします
(染谷)一言で言うと、貿易実務の完全電子化を目指すプラットフォーム「TradeWaltz®」をSaaS形式で提供・運営する貿易DXスタートアップです。あらゆるモノの流通に関わる貿易実務には商社、メーカー、保険会社、銀行、物流会社、船会社、航空会社など多くの業界が携わっている中で、未だに紙書類のやり取りを行なっているアナログ業界であり、非効率な部分が多くがあるため、我々はこの現状を変えたいと考えています。現在Amazonに代表される一般消費者向けB2C業界では電子化が進んでいますが、貿易に代表される会社間のB2B業界では電子化がなかなか進んでいないのが現状です。これまでも貿易業界では電子化が図られてきましたが、通常のインターネット技術を使った場合、安全性の面で不安が残っており、データ改ざんなどで数億~数百億円の損失が発生するリスクがあることから、なかなか電子化が進みませんでした。しかしここ数年、データの信頼性担保が可能なブロックチェーン技術を活用した多くの実証が世界中で行われ、貿易実務の電子化の可能性が示されたことで、貿易電子化という大きな市場が開き、世界はゴールドラッシュのようにこの分野の開拓を進めています。私たちトレードワルツもこれまでに日本と世界で5年間実証試験を重ね、その活用可能性を証明してきました。今後も日本勢として、貿易電子化に切り込んでいきます。
(記者)貿易業界はアナログと仰っていましたが、具体的に一つの商品を輸出入するのにどのくらいの時間がかかるのでしょうか?
(染谷)時間で申し上げると、1商品を1回ずつ輸出・輸入する手続きに合計72時間を必要としているのが現状です。輸入者から見積書(P/O ,Purchase Order)をもらってから商品を引き渡し決済が終わるまで商社、メーカー、銀行、保険会社、物流会社、船会社、航空会社、商工会議所、税関などで多くの情報をやり取りしますが、その方法として紙やFAX、PDF付のメールなど、アナログな手続きが多く残っています。
(記者)では、貴社のプラットフォームTradeWaltz®の導入で具体的に何が、どのように便利になるのでしょうか?
(染谷)まず、今述べたような会社間での手続きの時間はTradeWaltzの利用により44%削減できることが既に実証されています。また貿易実務者が紙書類を扱う必要がなくなることでリモートワークが可能になります。過去、私の友人で旦那様の海外赴任の際、奥様の職場がリモートワークができないということで退職・帯同しなければいけないという事象をよく見かけたこともあり、こういった事態も避けることが可能になると思います。
(記者)ビジネスとしてどのようにマネタイズしていく予定なのでしょうか?
(染谷)弊社のサービスTradeWaltzはSaaS形式をとっています。これまでメールや紙書類、FAXを利用していたユーザーは、TradeWaltzの利用により業務効率化メリットを享受できるため、我々はその対価として月額あるいは年額でシステムの利用のサービスフィーをいただく形のマネタイズを行っていきます。
(記者)ブロックチェーンという言葉は数年前から話題になっていますが、実装事例はそこまで聞いたことがありません。その中での挑戦ということについてはどのように思っていらっしゃいますか?
(染谷)これまでブロックチェーン技術は、ビットコインやイーサリアムに代表されるパブリックブロックチェーンの上で行われる、仮想通貨やNFTといった一般消費者向けの投機手段として注目を集めてきました。しかし、私たちが行っているような、HyperLedger FabricやCordaに代表されるプライベートブロックチェーン上で行われる企業間の業務効率化サービスはまだまだ混迷期にあることは事実です。世界中の新規サービスを追っている、『起業の科学』の著者・田所雅之氏の言葉を借りて言えば、日本でブロックチェーンによるB2Bサービスを大規模に実装しようとしている会社はLayerXとトレードワルツだけではないかとまで言われています。日本におけるブロックチェーンを活用したB2Bプラットフォームの成否はこの2社にかかっていると激励を頂くことも多く、非常に重い使命を背負っていると感じることもしばしばです。しかしこのブロックチェーン分野で成功する企業が出なければ日本は海外のサービスにお金を払うだけの立場であり続けてしまい、国際競争力の面で大きなハンデを負うため、必ず成功させたいと考えています。
(記者)そんな中でトレードワルツはなぜ東大IPCに着目したのでしょうか?
(染谷)弊社はブロックチェーン技術の活用はもちろん、その中に溜め込まれた大量の貿易データを用い、長期目線ではAmazonのように、ビッグデータを活用したDXの好事例になりたいと考えています。その際データという材料をうまく調理できる優秀な人材が東大にいると考え、東大IPCさんとの連携を考えました。また、企業の質は最終的には人材で決まるので、我々にとって、日本のトップ大学の一つである東京大学の人材を定期的に発掘できるコミュニティ(東大IPC)と提携できることはとても魅力的だと思いました。
(古川)東大IPCとトレードワルツさんとの最初の出会いは、経済産業省が主催する「始動!Next Innovator」というアクセラレータープログラムであり、そのご縁で東大IPCが主催している1stRoundにも応募してくださり、ピッチを見た瞬間に「これは投資案件だ!」と社内一同確信しました。貿易という分野を超えて世界を変えるかも知れないサービスに投資しない理由がない。とすぐに投資を決意しました。
3.小島武仁教授×トレードワルツ
(記者)小島先生の自己紹介を簡単にお願いします。
(小島)はい。私は現在、東京大学経済学部の教授をしており、マーケットデザインを専門としています。マーケットデザインとは広い意味での社会の制度を設計・デザインする学問で、応用数学や経済学などをツールとしています。また、ゲーム理論が土台にあり、私はマッチング理論というマーケットの中でのあらゆるマッチングについて日々研究しています。トレードワルツさんにはアドバイザリーボードとしてお招きいただき、貿易実務に関わるあらゆる業界の中での“マッチング”について幅広く検討しています。
(記者)トレードワルツのアドバイザリーボードとして声がかった時の所感を教えてください
(小島)正直、どうして自分に声がかかったのだろう?と思いました(笑)。真面目な話をすると、経済学に国際貿易論や国際経済学などの分野はありますが、自分はそれらの分野は専門ではありません。強いて言えばブロックチェーン関係の論文を数本書いていたので、多少の知識はありました。とは言ってもその分野の専門家ではないので、私の知見がトレードワルツさんにどう役にたつのかわからないというのが最初の印象でした。しかし話を進めていくうちに、ブロックチェーンとマッチングは違ったサービス・アプリ内容ではあるものの、信頼性のあるデータを集め・流通させるというプロセスと、そのデータの中で最適解の組み合わせを見つけるというプロセスと考えると、貿易界における最適解を見つけるために必要な、相性の良い組み合わせであると考えられ、何か役に立てるかもしれないと思うようになりました。
(記者)トレードワルツとしては今後小島先生とどのように連携していきたいと思っていますか?
(染谷)小島先生の脳をフル活用して、貿易におけるマッチングの問題を、データを活用しながら次々に解決していきたいと思っています。具体的には、貿易が抱える売り手買い手の課題や、銀行、保険、物流、船、航空などの貿易に関わるあらゆる業界における課題です。課題の1例としては、国際物流の乱れが上げられます。昨今ニュースでも報道が増えていますが、半導体の出荷が遅れて先端機器が作れない、米国の港で船が混雑する“滞船”が激しくなり、モノが流れなくなったことで米国スーパーから物がなくなるなどの事態が発生しています。国際物流の乱れはコロナにより人の移動が制限され、旅客機が飛ばないことで貨物部に積む航空物流が減少し、海上輸送にしわ寄せがきて…といった流れで発生し始めましたが、現在は港が混雑したことで、コンテナが港に山と積まれて取り出す手間が増え時間がかかってしまい、そのうちに次の荷物が来て…とその混乱が増幅しております。こういった一つの事象が波を打つように大きな影響を及ぼすことをプルウィップ(鞭がしなる)効果と呼びますが、世界の国際物流はまさに今そのような状況になっており、このままだと国際物流は回復しない未来も見えてきます。私たちトレードワルツも貿易をデジタル化し最適化していく存在として、本課題を解決できないか、小島先生が専門とするマッチング理論を組み合わせ、海上運送のブッキング最適化サービスに落とし込めないか議論を深めています。
荷主や船会社にヒアリングをする中で、現在、船会社のスペース予約は、一般消費者が航空チケットを予約する際に空席をリアルタイムで確認できるような状態にはなっていないことが分かりました。背景として、もともとは船の空きスペースの方が積む荷物よりも多いという需給バランスがあり、空き状況の可視化が進むと値下げ交渉が激しくなるため、業界全体として不透明にした方が良いという船会社側のロジックがあります。しかし、実際に荷主や物流会社などに話を聞いてみると化学薬品と食品は同じ船に相載せできないといった組み合わせ問題がある他、一定の条件下(積載物同士の距離を離す等)では一部の組み合わせを積み合わせることもできるという物流会社・船会社のさじ加減もあり、単にスペースに追加積載すれば良いという単純問題でもないのです。ですので一定程度プログラム化しても、多くは人間の交渉や差配で船積みが行われています。この複雑な要因をすべては難しくとも、一部はマッチング理論で解決できるのではないか?と思いました。ただ、プログラム化する際の条件式等についてはさらに多くの専門家と相談する必要があり、難しい問題であることは間違いないですが、世界中が頭を悩ませている現状且つ難しければ難しいほど解決策を見出した先にある社会的インパクトは大きい為、トレードワルツとしては小島先生の叡智をフル活用し、社会問題の解決に努めたいと思っています。将来的にはトレードワルツが東大にデータを提供し、東大の優秀な学生さんにデータを分析・活用していただき、共に世界の貿易問題を次々に解決していけたらと思っています。
(記者)小島先生は貿易に関わる問題解決に向けた話し合いをトレードワルツと定期的に行ってみて、いかがですか?
(小島)例えば染谷さんが先ほど仰っていた「船会社はコンテナに空きがあっても開示したがらない」などの、既存の理論モデルでは全く考えなかったような現場の情報を、トレードワルツさんは各貿易実務者を集め、すぐ教えてくださるので、そこが非常に助かっています。というのも、我々研究者は「その業界で現場に立つ人にしか見えないけれども、実はとても大切な部分」をすぐには把握できません。しかしトレードワルツさんとの話し合いでは、毎回現場事情に詳しいスペシャリストから直接お話が聞けるので、議論がスムーズに展開しており、とてもありがたいです。
(染谷)いえいえ、この点は弊社も小島先生に同様に感謝している部分です。小島先生から既存の業界慣習にとらわれない「こういう世界観はどうか?」という演繹の提案を頂くと、現場意見で「ここは解決できるかもしれないが、現場はこうやっている」という帰納的な回答があり、演繹と帰納の循環が高頻度で起きています。その為、小島先生との話し合いを経る度に、貿易が抱える課題の輪郭がくっきりと見え、解決策がおぼろげながら見え始めるという楽しい時間を過ごさせて頂いています。
(古川)これぞまさに研究とビジネスが両輪となって回っていくモデルですね。また、理論と現場のマッチングであるとも言え、我々東大IPCが目指している理想形です。
(記者)理論と現場のマッチングは、小島先生が普段からご自身の研究で実践されていると思います。しかし、今仰ったように、現場の声を生で聞くという機会は珍しいのでしょうか?
(小島)はい。ここまでストレートに現場の声を聞くことができるのは非常に珍しいですね。私は長年、保育園の待機児童問題解決に向けマッチング理論を用いて取り組んできましたが、最初はなかなか現場とつながることができず苦労していました。そんな時、たまたま知り合いの市長さんからのご縁で現場の職員と繋がり、一気に解決に近づきました。しかし、自分で人脈を広めながら研究を進めるというのは非常にコストがかる為、実現しにくいというのがあります。その点、トレードワルツさんは解決したい問題を明確にし、且つ私の話を聞き入れるという姿勢をとり、現場の声を直に届けてくださる。これこそが圧倒的スピードで話が展開していく理由であり、私も非常に面白いと思っています。
4.今後の展望
(記者)最後に、今後の展開について、御3方それぞれのお考えをお聞かせください。
(染谷)はい。トレードワルツは今後も東大IPCさん、小島先生と世界の貿易問題を共に解決していきたいと思っています。私たちはまず貿易実務者にTradeWaltzを使って頂き、貿易をデータ化していくことが先決ですが、長期目線では、データを活用してどのようにDXを促進していくか、ここを東大の方たちの知見も活かしながら進めていきたいと思っています。
(古川)東大IPCとしては、現場企業がアカデミアをうまく使い倒せていないという状況を打開すべく、我々がロールモデルとなり、日本全体で現場と理論の融合を今後も促進していきたいと思っています。
(小島)我々アカデミアは、これからも変わらず世の中に使える知識を生み出していきたいと思っています。そのためには企業の方々にデータ提供などに自由度を与えていただきながら協力していただきたいという思いが強いですね。個人的にはこれまで、短期的な利益を追求することのみが企業の目的だと思っていましたが、今回のトレードワルツさんとのマッチングを通して、「ここまで遠くを見据えて動く企業も存在するのか」という発見があり、個人的に企業に対しての印象も良い方向に変わった部分があります。今後も企業との協創を通じて、学生も巻き込みながら社会問題の解決に取り組めたら良いなと思っています。
(ライター: 坂本菜津穂)
以上